あなたも愉遊(ゆうゆう)人生を
送りませんか!

健康寿命そして愉遊寿命(^^)v


人生100年時代。


around還暦の私ですが、
すでに母を看取り、
今は父を介護していると
人生を生ききるって何だろう?
と考えてしまいます。


母はボランティア活動をしており、
踊りの練習に行こうと準備していた時、
くも膜下出血となり、
「踊りの練習に行かんと、、、」
が最後の言葉でした。


父は若くして養子に入り、
義理の祖父母の介護もしながら
定年まで勤めあげました。


花の栽培をしたり、
犬と過ごしことを楽しみ、
母ともよくドライブに出掛けていました。


母が倒れ、
亡くなるまでの7年あまり、
父は病院に通って
会話もない母の横に座っていました。


母が亡くなってからは、
生きがいもなく、
単に食べて寝るの生活となりました。


終わりよければすべてよし、
ではないですが、
長い第2の人生をいかに生きるかによって、
人生の質が変わってくる気がします。


亡くなる時に、
若かかりし頃を想うのも良いですが、
私は微々たるもんでも
右肩上がりの人生にしたい。


健康寿命とか幸福寿命とか、
色んな呼び方があります。


私は「愉遊寿命」で
大笑いの「愉遊人生」を送りたい!


愉しく遊んで、
おおいに笑って、
学んで、
そしてみんなの役に立っていたい。




ところで、
「楽しい」と「愉しい」の
違いって何だろう?


辞書とか調べてみました。


楽しいの意味


ー心がうきうきすること。



愉しいの意味


ー心のしこりがとれて、
わだかまりがないこと。


同じ韻の「たのしい」でも、
ちょっと意味が違ってきますよね。


私はどっちかと云うと
「愉しい」を意識してます。


私が言葉に持つイメージとは?


たとえば、「楽しむ」とは、
与えられたことに対して
楽しく過ごすこと。


スポーツを楽しむ。
読書を楽しむ。

 
「楽」という字は、ラクとも読みます。


仕事でも勉強でも、
いやいやするよりも“楽しんで”できると、
とても”楽チン”になります。


時間も知らないうちに過ぎていた、
みたいな。


それから、「楽しむ」は、
お膳立てされた枠の範囲で楽しむ、
どっちかというと
「受動的」なイメージがあります。


今だかつて行ったことないけど、
ディズニーランドみたいな?


どうもテーマパークとか遊園地は、
箱の中に入って、
同じ刺激を与えられて、
同じような反応をする場に感じる。


その点、
動物園はちょっと違う。
 
 
自分が本来求めていることではなくても、
それが一時的なものだとわかっていても、
私たちは「楽しむ」ことができます。


喜怒哀楽って言いますよね。


喜んだり、怒ったり、哀しんだり、
人間の基本的な感情です。


もし、怒りも哀しみもなければ、
残りのもんは「楽」です(^^)v

 
では、私がこだわっている
「愉しむ」とは?


「愉」には、りっしんべんがあります。


このりっしんべんは「心」を表します。


心から楽しむこと。


自分自身の気持ちや想いから
自然と生まれる楽しみを
素直に感じる心が大切だと思います。

 
喜怒哀楽の基本的な感情の枠を超えて、
全力で体全部で楽しみを味わう!

 
 どちらかというと、
積極的に自ら働きかける
「能動的」な感じです。


ディズニーランドみたいに
他人が作った見事な娯楽の場よりも、
子どもの頃に仲間と作った
秘密基地の方がずっとワクワクします。


まさに愉しんでました(^^)/


 決まった枠の中で「楽しむ」ことも良いですが、
心の枠を超えて、
ありのままの楽しさを受け入れて、
心から「愉しむ」。


愉しい体験をたくさんすることで、
心が潤い、達成感のある、
充実した人生だったといえると
私は思います。


私にとって、
学校や職場は「楽しい」場でしたが、
これからの第2の人生は、
自分で「愉しい」場を創っていきたい!


これが私が「愉しい」に持つイメージです(^^)/


そして「遊ぶ」。


「遊ぶ」には遊学というように、
学ぶという意味があったと思います。


いつまでも、
好奇心を忘れずに
学ぶ姿勢を持ち続けたいです。


子どもの頃、
世の中には知らないことがたくさんある!
それが本当に嬉しかった。


そして、自由になる第2の人生は、
本当に好きなことを
学べる時間だと思います。


だから、
私は「愉遊人生」を一緒に送るあなたを
応援したいと願っています。

いつまでも若い感性で人生を愉しみたい!
2018/11/10